少し重たいお話

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今日は少しだけ重たい話しになります。
けれど、誰にでも起こる、そして避けて通れないこと。

それは『死』についてです。
私は、50歳を迎えた今だからこそ考えるのだと思います。

昨年私の友人が闘病生活の末亡くなりました。
一番下の子が生まれる前からの闘病生活だったので、10年近かったですかね。

いつかはそんな日が訪れるだろう……と、そんな思いはありました。
でも、その日は突然でした。
ショックでしたね…。

ご両親も娘が闘病生活していたとはいえまさか年老いた自分たちよりも先に、とは思っていなかっただろうし、考えたくもなかっただろうと察します。

社会人の息子二人と、まだ小学生の娘を残して逝ってしまいました。

私の母も13年前に、、、闘病生活と介護の末に亡くなりました。

こんなふうに文字にできるようになったのは、私の中にも人生折り返しも過ぎて今まで生きてきた人生よりも、人生の終わりに向かう時間の方が短いということを考えるようになったから。
(もしかしたら100以上まで生きるかもだけど🤔)

私は離婚していて、離れて暮らす二人の娘。そして、同居してる娘。

そして、姉。80歳すぎた父。

お付き合いをしているパートナー。

色々考えますね。

お金のこと。家族のこと。
もしも病気になった場合のこと。
突然の出来事が起こったときのこと。

家族が、自分が…
いつ何が起こってもいいような準備だけはしておかないと。と。
少しずつだけど、準備は必要。

自分のためにも、家族のためにも自分と向き合う時間は必要なのかなと、思うようになりました。
そして、『死』と向き合うということも。



母が亡くなった時、まだ私は30代で葬儀のことも何もわからない状態でした。
父はその時はとても頼りなくて、母が亡くなったことでボンヤリしていたのを覚えています。

姉と私、サポートするのが精一杯で何をしていたのかなど覚えていません。

忙しすぎたせいか、葬儀の後全身に蕁麻疹が出たのは覚えています。

ま、これは葬儀の時の話で私自身が自分の終活をすることとはあまり話が関係ありませんけど、、、笑

そうやって、少しづつ準備をするというだけで案外長生きしたりするものなんですって。

お守りみたいなものですね☺️

母の介護はとても大変でしたから、娘たちにはそんな苦労はさせたくないという思いもあります。
だから、健康でいるのも私の希望ですし寝込まず逝きたいものですね。

そのためには日頃からの健康だと思っています。

年齢も年齢で、いつも良い時ばかりでは無いけれどとにかく自分のことは大切に生きていたいなと思います。



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